大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和30年(オ)126号 判決

新潟市東堀前通七番町一番戸

上告人

株式会社第四銀行

右代表者代表取締役

藤田耕二

右訴訟代理人弁護士

滝沢寿一

津田利治

東京都品川区荏原二丁目二六二番地

被上告人

藤産業株式会社

右代表者代表取締役

中内鉉一郎

右訴訟代理人弁護士

田辺恒之

千葉宗八

青柳洋

田辺恒貞

梶原和夫

右当事者間の約束手形金請求事件について、東京高等裁判所が昭和二九年九月三〇日言い渡した判決に対し上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人滝沢寿一同津田利治の上告理由第二点の(二)について。

原判決は「(三)被控訴人(被上告人)は本件口頭弁論の途中で、本件手形は被控訴人(被上告人)が控訴人(上告人)に売渡した靴下代金七百八十万円の内金の支払のために振出されたものであると主張したことがあるが、控訴人(上告人)は被控訴人(被上告人)から靴下を買受けたことがないから、右手形はその手形行為の原因を欠くものというべきであつて、控訴人(上告人)は被控訴人(被上告人)に対しこれを理由として右手形金の支払を拒絶する」との上告人(控訴人)の主張に対し「控訴人(上告人)は被控訴人(被上告人)において、本件手形が靴下売買代金の支払のために振出されたと主張するけれども、かかる靴下を買受けたことがないというのみで、自ら具体的に事実を明示して本件手形が原因を欠缺している旨の人的抗弁を主張しないのであるから(此点は当裁判所が釈明を求めても具体的に主張しない)この(三)の点は具体的な事実の判断に入るかぎりでない」と判示したことは所論のとおりである。

しかして、原判決の本件手形振出の経緯に関する認定事実によると、訴外畠山芳蔵が上告人(以下上告銀行と称する)の代理人として、訴外小柳俊郎と共同で被上告人と靴下の売買契約を結び、その代金の一部として被上告人に対し本件手形を振出交付したのか、それとも靴下の売買契約は訴外小柳俊郎と被上告人との間に於て結ばれ本件手形は、右両者間の売買に関し訴外畠山が上告銀行の代理人として小柳のために振出したものであるのかの点に付て明確を欠くのであるが、本件手形が靴下の売買代金支払のために上告銀行畠山支店長と訴外小柳と共同で振出されたものであることは明らかにされているので、若しもその売買が、上告銀行の代理人としての畠山支店長と訴外小柳とが共同の買受人として契約を結んだものであつて、しかもそれが畠山支店長の無権代理行為であるとすれば、上告銀行に対しては売買の効力がないことになるから、上告銀行はかゝる原因欠缺の抗弁を主張して、本件手形金の支払を拒絶し得るの理である。

ところで上告銀行の前記手形振出の原因関係欠缺の主張は、その内容簡にしていささか明確を欠く嫌いがないでもないが、(なお此点に関し調書上原審において釈明を求めた形跡もない)その趣旨とするところは、仮りに畠山支店長の本件手形振出行為が上告銀行の権限ある代理人としてなされたものであるとしても、その原因たる売買は畠山支店長の無権代理行為であつて、上告銀行に対してはその効力なく、結局上告銀行は靴下を買受けたことがないことに帰するのであるから、本件手形の振出は原因関係を欠くものであるとの抗弁と解することができる。してみれば、裁判所はよろしく、その原因たる売買が訴外小柳俊郎のほか上告銀行をも契約の当事者とするものであるかどうか、当事者であるとすれば右売買契約の締結が畠山支店長の無権代理行為であるかどうか等の事実を確定して、前記上告銀行の原因欠缺の抗弁の当否を判断すべきである。されば原審が前記上告銀行の抗弁について判断しなかつたのは、審理不尽若くは判断遣脱の違法があるものというべく、この違法は原判決に影響を及ぼすものと認められるから、此点に関する論旨は理由があり、原判決を破棄し本件を東京高等裁判所に差し戻すべきものとする。

よつてその余の論旨に対する判断を省略し民訴四〇七条に従い裁判官全員一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 池田克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

昭和三〇年(オ)第一二六号

上告人 株式会社第四銀行

被上告人 藤産業株式会社

上告代理人滝沢寿一、同津田利治の上告理由

第一点 原判決は判決に影響を及ぼすことが明である法令の解釈を誤り且つ大審院判例にも違背してゐる。

原判決は被上告人所持の本件約束手形は『支払拒絶証書作成期間経過後である昭和二十四年十月十日、訴外第一銀行より被上告人が戻裏書を受けたことは被上告人が認めて争はぬ処であり……右戻裏書は被上告人主張のように隠れたる取立委任裏書でないことが認められる』(原判決第十九頁乃至第二十頁参照)と認定し乍ら、『……第一銀行が上告銀行の畠山支店長が本件手形を振出す権限がないことを知つてゐたとしても、上告人は右第一銀行の前者である被上告人に対して主張した右と同趣旨の抗弁が前述のように理由がないのであるから、第一銀行は本件手形より生ずる一切の権利を取得したものといふべきであつて銀行が右手形上の権利を取得しないことを前提とする右抗弁は理由がない』と判示して、上告人が、本件手形が第一銀行よりの期限後の裏書によつて被上告人が取得したものであること、而して銀行間の通達(乙第十四号証、第十五号証ノ一乃至五、)及ひ一般取引慣例(鑑定人牧村四郎、天野達)によつても第一銀行は悪意の取得者であること、而して第一銀行より戻裏書を受けた被上告人に対しては当然、第一銀行に対する抗弁を以つて対抗し得るとの上告人の主張を排斥したのである。然し乍ら

(一) 手形法第二〇条第一項但書は期限後所持人が裏書したときは被裏書人(上告人)は裏書人(第一銀行)の有した権利のみを取得すると規定してゐるから、この場合、第一銀行が乙第十四、十五号証及ひ牧村、天野両鑑定人の鑑定の結果にも拘はらす、善意取得者てあることを認定せす、むしろ第一銀行か悪意の取得者であつても尚第一銀行の権利取得の態様は何等関係かないかのように判示したので、全く戻裏書についての法律解釈を誤つたものと云はねばならない。

(二) 期限後戻裏書の場合には裏書人の有した権利のみを被裏書人か取得し、決して独立の権利を取得し得ぬものでありこの趣旨は白地裏書による戻裏書にも云ひ得ることであつて(大審院大正一五・七・二二判決、同判例集五巻六五七頁)、本件のように、甲第一号証の手形自体によつても明白なる場合には云ふ迄もない処である。

即ち、期限後の戻裏書についての法律解釈を誤つてゐる点からしても破毀せらるへきものと信する。

第二点 原判決は採証上経験法則に違背し、延いては理由不備の違法かあるものと信する。

原判決は理由の(二)に於いて上告人の全立証を排斥し且つ被上告人の明白な主張、明白な事実を無視し唯一回の弁論に於ける従来の主張の撤回(二九・六・三、口頭弁論調書記録六五六丁参照)を容れて、本件手形の原因関係を次の如く認定した。即ち

(一) 『訴外小柳俊郎は被上告会社より絹靴下の取引について代理権を与えられてゐた野沢浩に対し、畠山支店長と共同して買受ける旨詐わり、……代金支払確保の為め金額二百六十万円の本件手形を上告銀行内野支店長名義を以つて小柳俊郎と共同して振出し訴外野沢に交付したことが認められる』(第二十一頁乃至二十五頁)と判示した。然し斯る認定は全くの独断であつて、

(1) 被上告人の昭和二十七年三月廿八日附準備書面第三項「原因関係について」(記録三九八丁以下参照)

(2) 被上告人昭和二十八年六月三日準備書面第一項記録

(3) 乙第九号証別件の被上告人の訴状

(4) 乙第十八号証別件の判決

によつても、本件手形は、被上告人が上告人に対して売渡したという絹靴下五千打代金七百八十万円の内金の支払として被上告人が受取つたものであることが明に認められるのである。

斯る明々白々の証拠かあるにも拘はらす、而して之を抗弁として主張して尚且つ、かゝる取引が上告人、被上告人の間に無かつたことを主張する上告人の全主張、立証を斥け、当事者が全然主張しない架空の事実を構想認定したのは(1)(2)か原審の準備書面であり、しかも双方とも弁論に際して陳述されたものである事、(3)(4)は訴状であり判決であることからして、之に反する事実の認定には、むしろ之を覆すへき被上告人の立証と主張とが必要であるのに、漫然之を採らずに全く別個の事実を認定したのは、採証についての実験則を全く無視してゐると云はさるを得ない。

尚原判決は、前記認定にあたつては「原本及ひ成立に争なき甲第十七号証」を其の論拠とされてゐるが(判決書第二十一頁九行目、第二十五頁二行目)原審では甲第十七号証は全然存在しない。斯る虚無の証拠をさへ採り上げ、被上告人の数次に渉る準備書面、弁論、上告人との間の訴状及ひ判決の証拠力を顧みないのは、その点からしても破棄せらるへきものである。

(二) 原判決は前述の如き採証の法則を無視して事実認定について重大な過誤を犯した結果は更に理由の(三)に於て(原判決第二十五頁七行目以下)『被上告人の本訴請求は手形のみにより、右手形が上告人の被上告人に対する靴下代金の支払の為め振出されたことは敢へて主張しない処である』と認定したがその認定が採証の法則に違背してゐるのみか虚無の証拠によつてなされたことは前述の通りである。

尚進んで原判決は『……手形原因は手形請求をする原告に之を立証主張の責任はない。もし手形債務者が原因の缺欠違法を主張して手形金の支払を拒むなら手形上の権利者に対する人的抗弁として之を主張立証すべきである。然かるに上告人は被上告人に於て本件手形が靴下代金支払の為に振出されたと主張するけれども、かゝる靴下を買入れたことかないというのみで、自ら具体的に事実を明示して本件手形が原因を缺欠してゐる旨の人的抗弁を主張しないのであるから(この点は当裁判所が釈明を求めても具体的に主張しない)この点は判断する限てない』(判決第二十五頁七行目以下二十七頁三行目)と判示した。

然し此の認定も全く前段(一)の誤認の延長である。即はち、

(1) 原審では、手形原因について上告人に釈明権さへ行使したにも拘はらす上告人か之を主張しないと云うがかゝる釈明要求は一回も存せぬのみか、手形原因の主張は、上告人の主張によつて被上告人も進んで上告人に対する靴下の売渡代金の一部として振出を受けたものである事を自認するに至つたのである。その事は前段(一)で詳述した。

(2) 原判決は被上告人が手形原因は敢へて主張しない処であると云つて特に記録丁数を示してゐるが、右はそれ迄の主張を変へただけであつて、其れを裏付ける立証は前述(一)の(1)(2)(3)(4)の示す処によつても明であり、右の主張の変更については、上告人か全面的に反対であることは弁論の全趣旨によつて明である。

尚又、斯る靴下の取引が上告人、被上告人間に存在しないことについては。上告人の一、二審を通して(一審では畠山芳蔵が上告人に反感を持ち何等真相を明かすことなく抗争出来なかつた)の立証は凡て之にかゝつてゐたのである。即ち乙第一号証、乙第三号証の一乃至四、乙第三、四号証の一、二によつても、更に乙第六号証の一、二の如き畠山芳蔵個人の手形か被上告人宛に振出されて之が被上告人によつて受領されてゐること、乙第十四号証の被上告人の支払命令正本、乙第十六号証の被上告人の代理人野沢浩の靴下代金請求書、乙第十八号証の別件判決、乙第十九号証、乙第二十号証の一乃至四、乙第二十一号証の一、二並に援用証人の凡ては、積極的に、取引の不存在を明にしたものである。

然かるに原判決は唯漫然と、「立証しない」と云うに至つては、如何に証拠判断は原審の専権に属してゐるとは云つても、採証の原則を無視してまで存在するものではあり得ないと信ずる。

結局原判決は、採証の法則に違背して事実を誤認し釈明権を行使しなかつたに拘はらず、釈明の義務を上告人が怠つた如く認定し上告人の全立証については何等の判断を与える事なく凡て無視し、被上告人の従来の弁論の結果及び準備書面(陳述されたもの)の内容を顧みることなく、更には「甲第十七号証」と云ふ存在しない証拠によつて、当事者の主張しない事実を認定して以つて上告人の主張を排斥したのである。

第三点 原判決は審理不尽、理由齟齬の違法がある。

前段第二点に述へた事実及ひ理由は同時に原審が更に釈明権を行使して、被上告人も主張した手形原因について審理すへきに拘はらす、敢へて之をしなかつた点、採証の法則に違反して事実を認定したため判決の結果に重大なる影響を持つ法令の適用を誤り且つ判決理由については、釈明権を行使せすして行使したかに云ひ明に齟齬してゐるもので破棄を免ぬかれぬと信する。

以上

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